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アルブド・フックスと世界探検
   
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永久凍土の王国でのU2

極地探検家アルブド・フックス

アルブド・フックスは、ドイツで最も有名な探険家――。メディアでシュレースヴィヒ・ホルシュタイン出身のアルブド・フックスが紹介される際には、少なくともこういった表現が頻繁に使われます。この表現の中で、あまり正しいとは言えない要素が2つもあると言ったら驚かれるかもしれません。もちろん、アルブド・フックスは有名です。しかし、バートプラムシュテットに住む55歳の彼は、世界の極地探検家の歴史に確固たる地位を築いているのですから、上述の表現はお世辞にも控えめなものとしか言えません。これに加えて、フックス本人が良しとする彼の職業の説明は、かなり単調に聞こえます。フックスは自分の職業を、ライター、ジャーナリスト、映画制作者の仕事もして、講演もする探検隊リーダーであると言います。

30年以上の間、フックスは探検家を地球上の最果ての地へと率いてきました。そしてそのほとんどは極限状況の下でした。例えば1977年には、伝統的なアメリカンインディアンのカヌーによってカナダ、ケベック州のデパスとジョージ・リバーを遡る2ヵ月の旅を実行しました。そして数多くの旅がこの後に続きます。1981年には大西洋をヨットで横断しました。1983年には、犬ぞりでグリーンランドを探検しました。そして1984年の冬には、折り畳み式ボートでホーン岬を回っています。1993年、フックスは砕氷船なしで北西航路を1年未満で航海しました。フックスの船であり、1988年に復元されたカッター漁船のダグマール・アーエン号は、砕氷船なしに南北アメリカをくまなく周航した最初の帆船でした。2000年、彼は救助艇ジェームズ・ケアード号の忠実なレプリカにより、伝説のシャクルトン探検隊の足取りを辿り、2002年には有名な北東航路で、4度目の挑戦を果たす航海を行い、2003〜2004年に2度目の北西航路横断をしました。2006年、世界で10番目に大きいエルズミア島を、犬ぞりとスキーで旅しています。
 
ここまでに述べたこともすでに十分感銘深いですが、さらに1989年、フックスは世界的な偉業を成し遂げました。−52℃の極低温の中、フックス率いる8名の探検隊は、北極圏1000kmを苦闘の末、56日間かけて横断しました。同年ラインホルト・メスナーと共に、南極にも到達しています。フックスはこうして両極地に到達した最初のドイツ人、そしてスキーによってそれを行なった最初の人となりました。
 
砕ける氷河、きらきらと輝く氷山、普通でない寒さの中で過ごした30年。アルブド・フックスは、永久凍土の環境から離れなれないようです。犬ぞりでもスキーでも、徒歩でも船でも、彼にとってそれは常に「感覚の王国への旅」なのです。あるインタビューで次のように説明してくれました。「沈黙の中では、本当に自然の声が聞こえ、風の音が聞こえ、嗅覚が研ぎ澄まされ、物の見え方が異なってきて、さらに強烈に見えてきます。私にとっては、信じがたいほど美しい風景なのです」。同時にこれらの探検は、フックスの子ども時代の夢の実現でもあります。幼少の頃でさえも、フックスは有名な極地探検家の魅力的な物語にうっとりしながら、北の伝説を学びました。「私達家族は読書を好み、本棚にはナンセン、ジェームス・クック、マゼランやその他多くの冒険家に関する書籍とレポートが溢れていました。私は完全に魅了されていたのです。私はまた、ハイキング、乗馬、セイリング、スキーなどの屋外スポーツを愛し、異質な文化との出会いや新しい状況にはいつも心を躍らされていました」。彼は船員として商業船での訓練中に、最初の探検を計画し始めました。そして探検隊リーダーになる夢を叶えるために、船舶工学の勉強を中断しています。
 

これらの探検の実行に関しては、アルブド・フックスは、自分は几帳面な職人であると言います。彼は、探検管理とは学習で見につけられる職業だと信じています。フックスは、仕事に関して、強い責任感を持った大変チーム志向の強い人物です。彼にとって冒険とは、精神的な創造のひと時なのです。それは彼に、既成概念の外側で考える自由を与えてくれます。フックスの目的とは、あらゆる犠牲を払ってでも成功するということではありません。どのような探検も人命には値しないという信念を持っています。フックスの計画は常に最小のディテールまでも精緻に練られていました。重要なのは、推測可能なリスクを、正確にコントロールできるようになることです。なぜなら、予測不可能なリスクが必ずどこかにあるからです。

 
機材はこの入念な準備の一部です。時間計測に関して言えば、機械式時計に優れた鑑識眼を持つフックスは、2007年6月以来、U2を頼りにしてきました。そして、このダイバーズウォッチの妥協なき耐久性に、特別な価値を見いだしています。例えば、彼の時計は様々な状況を乗り越えてきましたが、クリスタルにもケースにも傷1つありません。フックスの意見では、U2はデイリーユースとしての適性が、他のメーカーの時計よりも優れているそうです。「私の探検では、時計を慎重に扱うことに注意など払えません。私には、きれいなジュエリーは必要ないのです。私に必要なのは、信頼できる装備です。それは水面下でも、地上でも、氷点下の気温の中でも完璧に動作し、100%信頼できて、いかなる状況下や、いかなる気象の下でも、正確な時間を知らせてくれる時計なのです。このすべてをU2が実現してくれます」と、信頼性の高いU2の技術に感銘を示しつつ、フルブド・フックスは話してくれました。
 
時計の耐久性に加えて、フックスが好む特定のテクノロジーがあります。例えばU2には第二時間帯表示があり、これは、昼間が24時間続く地域では極めて重要になります。正確な時間計測が、確実なナビゲーションに必要なことは明確です。そしてU2は、最先端の衛星技術が存在するにも関わらず、ここで重要な役割を果たすのです。「他の時計も正確に時間を刻むことはできます。しかし、U2を際立たせるのは、多彩な特殊機能とテクノロジーの完璧な組み合わせなのです」。船員として、彼はゲルマニア・ロイドとその品質高い規格を当然熟知しています。フックスは、ジンのダイバーズウォッチが、ゲルマニア・ロイドでテストされ認定されていることを知っています。どの時計を購入するかを決める時、このことは大きな役割を果たします。「これはありふれたマーケティングの域ではありません。この認定のために、ジンは自発的に、時計が持つ高パフォーマンスの機能性の文書化を行なっています。私にとって、これが本当の品質の証です」。
 
モデル U2
 
   
 
   
   
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