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ジン温故知新第5回

 ジンの時計は使用目的が明確なモデルが多くありますが、(EZMシリーズはその最たるものでしょう)今回ご紹介するこの303.クリスタルもまた明確な使用目的があるモデルです。それは『ユーコン・クエスト1000マイル国際犬ぞりレース』のために開発されました。ユーコン・クエストは1984年より毎年2月に開催される世界最大の犬ぞりレースで、カナダユーコン準州のホワイトホースと、アメリカアラスカ州のフェアバンクス間の1000マイル(約1600㎞)を約10日間かけて走破します。

303.クリスタル

 ユーコン・クエストの公式時計を託されたジンが開発したモデルが303.クリスタルです。レースが行われる当地の2月の平均気温はマイナス13度。過去にはマイナス50度を記録した年もありました。この極寒の中で正確に時を刻む時計を開発するために、最初に着目したのがムーブメントに使われているオイルでした。

ジン特殊オイル66-228

 通常の「ムーブメントに使われているオイルはマイナス30度で硬化してしまいます。そこでジンでは低温でも硬化しない工業機械用オイルを時計ムーブメント用に改良して、マイナス66度でも硬化せず+228度でも蒸発しない『ジン特殊オイル66-228』を開発しました。(製品使用の場合はマイナス45度からプラス80度の刻時精度を保証しています)

犬ぞりレーサー
犬ぞりレーサー

 1998年のユーコン・クエストにおいて各犬ぞりレーサーの防寒具の上から着用された303クリスタルは極寒の地で10日間以上、正確に時を刻んでその信頼性が実証されました。

 では時計を見ていきたいと思います。ベースモデルは1996年(ちょと記憶が怪しいです)に発表されたモデル303です。これはモータリストのためのクロノグラフでした。裏ブタにタイヤの制限速度を示す国際規格のアルファベットとそれに対応した速度が刻印されていました。各針の根本を黒く塗る事で針を目立たせるなど、スタイリッシュなクロノグラフです。

303.アウトバーン
303.アウトバーン

 ドイツで車と言えば速度無制限のアウトバーンだ!(制限のある区間もあります)との事で日本では『303.アウトバーン』として発売しました。当時では目新しかった赤いベルトもセールスポイントの一つでした。今だから話せますが、実はこのベルト、ジンの純正品ではありませんでした。ドイツからは黒のシャークスキンベルトが付いて日本に入荷していました。その年にパリの時計店に置いてあったジンに赤いベルトが付いてました。それがカッコ良く強い印象に残っており遊び心で303に赤にベルトを付けたところこれがまたカッコ良くてそのまま販売したわけです。黒シャークは付属品として時計に付けました。

 303クリスタルはほぼ上記の303と同じ仕様ですが、一番の違いはダイヤルです。鮮やかなブルーダイヤルは何となく極寒での雪や氷をイメージ出来ます。紫外線からの影響を考慮したサンレイ仕上げで、現物を見て頂くと良くわかりますが、20年以上経っても鮮やかなブルーを維持しています。

303クリスタル
303クリスタル

 また、スケルトンバックなのも303クリスタルの特徴です。ローターにはマイナス45度の表示とこの年のユーコン・クエストのロゴマークがプリントされています。

ロゴマーク
ロゴマーク

 ロゴマークには大会スポンサーであったドイツのタイヤメーカーフルダ社のマークとハスキー犬(多分)が描かれています。スケルトンバックにした理由は使用目的のためと言うよりはこのローターを見せたかったためだと思います。でも『ウラスケ』の時計がマイナス45度でも作動するって凄くないですか?
 それとこのモデル専用のボックスが当時としては秀逸でした。(今回、探したのですが見当たらず)箱にはシルバーの紙が貼ってあり(この手作り感が良かった)ユーコン・クエストを説明したパンフレットと専用の取り扱い説明書が入っており、時計本体にはメタルベルトが付いますが、青のシャークスキンベルトも付いていました。また、防寒具の上からも付けられるような延長レーザーベルトが付属されており正に『使うためのだけ時計』ジンらしい内容です。

黒いポーチ

 そしてもう一つ付属していたのが写真にもあります黒いポーチです。これが何か分かった方は凄いです。これ犬のソックスなんです。時計用のポーチとしても使えます。実際にレースで使われるものと同じものです。強靭な犬ぞりワンちゃんも寒さは堪えるのですかね。このユーコン・クエストには日本人の犬ぞりレーサー舟津圭三氏が1997年に出場して5位の成績を残しています。1998年も参加されおり、ジンの本社には303クリスタルを腕に巻いた舟津氏の写真が飾られていました。
 このモデルを機に開発されたジン特殊オイルはその後様々なモデルに使用されています。一時期、エタ社から制式オイルとして使わせて欲しいとの話もあったそうです。
また、フルダ社ともその後コラボモデルを発表しますが、これがまたとんでもなく特殊なモデルでした。買った方も持って帰るのが大変な時計だったようです。そのお話はまたの機会にでもしたいと思います。

 今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました。