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ジン温故知新vol.3

ジン温故知新

 今回ご紹介するのはモデル142です。ジン社が時計メーカーとして最も誇りを感じるモデルと言っても過言ではありません。それは宇宙開発史上初めて大気圏外に飛び出したクロノグラフだからです。それは1985年の事です。ドイツ人宇宙飛行士ラインハルト・フラー博士が、西ドイツ航空宇宙局が中心になって行われたNASAのスペースラブ(宇宙実験室)ミッションD1に参加しました。彼は普段から愛用していた142.S(ドイツでの呼称は140.S)を腕に巻いて宇宙に旅立ちました。重力の薄いステーション内でも142.Sは問題なく作動しこれにより宇宙空間で作動した初めての自動巻き腕時計となったのです。この事はジン社には事前に知らされておらず、地球に無事に帰還した博士からの手紙でそれを知る事になりました。数年後残念ながら博士は自ら操縦する飛行機の事故で永遠の宇宙へ旅立つ事になりましたが、彼が実際に使用した142.Sはジン社のショールームに今でも保存されています。

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 そして1992年、モデル142はまた宇宙へと旅立ちます。同年、ロシアで実施された宇宙計画ミール92に二人のドイツ人宇宙飛行士ラインホルト・エヴァルト氏とクラウス・ディートリッヒ・フラーデ氏が参加しました。彼らもまた同じシリーズの142.BS(ドイツでは142.S)を腕に備えて宇宙に旅立ちました。帰還後、フラーデ氏はジン社に礼状を送りました。その中で彼は、ジンの腕時計を「信頼できる仲間」と綴り、確かな信頼性に対して最大級の賛辞を贈っています。

 この二つの出来事は極限とも言える宇宙空間においてジンの腕時計が何ひとつ支障なく活躍した事を雄弁に物語るエピソードでしょう。なぜなら宇宙空間に飛び出したこのモデル142は全て特別な仕様では無く市販されているモデルだったからです。 彼らはどのような理由からジンのクロノグラフをえらんだのでしょうか?それは飛行という特殊行動での使用を想定し、設計・製造しているからではないでしょうか。

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 重量感に溢れる大型のクッションケースに収められているムーブメントはやはりレマニア5100です。時分針、スモールセコンド、24時間表示、60分センター積算計、12時間積算計とパイロットにとっての必要な刻時機能の全て備えていると言っても過言では無いムーブメントだと思います。また10時位置のリュウズで操作するインナー式の回転ベゼルを用いているのも142の特徴の一つです。ねじ込み式リュウズにガード付きのプッシュボタン、無反射加が施されたブラックダイヤルなど使用される条件や環境、用途、問題点を十分に認識した上で仕上げたプロフェッショナルクロノグラフです。ドイツ警察の対テロリズム特殊部隊GSG9の落下傘チームが142を制式採用した事がそれを十分に証明しています。

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1992年の宇宙計画ミール92で宇宙へ飛んだ142.BS(ドイツでは142.S)。
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ドイツ警察の対テロリズム特殊部隊GSG9が制式採用したチタン製142.TI.GSG9。
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写真は現行モデル140.STの裏面

 1985年以降から裏蓋に『MISSION D1』のロゴマークと宇宙で使用された最初の自動巻きクロノグラフであることを表す『1ST AUTOMATIC CHRNOGRAPH IN SPACE』の文字が刻まれています。

 2000年ごろレマニアムーブメントの製造終了に伴い、ムーブメントはレマニア5100からデュボアデプラのモジュールを積んだETA2892に変更され、やがて142シリーズは生産終了となりその使命を終えました。一方で、レマニア製造終了から十数年の時を経てレマニア5100と同様の機能を備えたジン社開発のムーブメントSZ01を搭載し、新しい140シリーズが誕生しました。SZ01を搭載した現行の140.STは、1985年にラインハルト・フラー博士が宇宙に携えた142.Sのように12時位置に24時間計がない初代のスタイルと同じ設計で作られています。

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現行の140.ST