Mail magazine special contents vol.51

ジン温故知新特別編

 いつもご愛読いただきありがとうございます。遅くなりましたが今年も宜しくお願いします。2023年最初の温故知新ですが、今回ご紹介するモデルは2021年に発表された日本限定モデルの「556.F-4」です。2000年以来毎年日本限定モデルを発表しましたが、このモデルほどインパクトのあったモデルは無いのではと思っております、温故知新としてはまだ新しいモデルですが、このモデルの開発ストーリーを交えながら特別編としてお話ししたいと思います。

356.EURO FLIEGER

 2020年、航空自衛隊「第11飛行隊」通称「ブルーインパルス」が、大空に描くそのパフォーマンスでコロナ禍で奮闘している人達を讃えた事は記憶に新しい事です。そして東京オリンピックでも話題になりました。多くの人達に感動と勇気を与えたと思います。2021年の日本限定モデルを検討する中で、この様な話題もあってかこのブルーインパルスモデルも候補に挙がりました。パイロット用のモデルが多くラインナップされているジンでこれまでそのモデルが無かったのが不思議ですが、いくつかの時計ブランドからブルーインパルスモデルが発表されており、あえてそこには足を踏み入れなかった事も理由の一つです。

556.f-4
556.f-4

 使用モデルも含めて色々と検討する中で、モデル104か556の3針モデルをベースにブルーインパルスのフォーメーションをダイヤルに描いたいくつかのデザインが出来上がりました。どれも魅力的なものでしたが、今一つ決め手が感じられません。何かが足りないのです。このモデルの企画には国内で一番歴史のある航空関係の雑誌に協力を頂いておりました。ある日、煮え切らない思いを抱いてその編集部で打ち合わせをしている時に、「これかっこいいでしょう?」と言われて見せてもらったのが、556.F-4に付属してたヘルメットバッグでした。そこには派手な航空自衛隊の部隊マーク「スコードロンマーク」のパッチが縫い付けられており一度見たら忘れられないインパクトがありました。そのバラバラに見えるパッチには共通するものがありました。それはアメリカが開発した全天候型戦闘機「F-4ファントムII」を装備していた部隊のマークだったのです。

 F-4ファントムII は40年以上前に開発されその生産数は5000機を超えており、飛行機ファンで無くてもファントムの名前は耳にした事があるかと思います。

556.f-4

 2020年はそのファントムの国内での運用が終わる年でもありました。この事は国内だけでも無く海外でも話題になっており、各地で開催される基地祭などでその勇姿を見れたはずでした。この頃はコロナが猛威を振るうとは思っていなく、結果的には予定されていた基地祭やイベントのほとんどが中止になり、その年の12月、ファントム最後の戦闘機部隊である百里基地第301飛行隊がF-4ファントムの運用を終えました。そして2021年3月17日には、岐阜基地飛行開発実験団にてラストフライトを終え、日本においてすべてのF-4が完全退役したのです。ブルーインパルスのニュースで多く取り上げられる中で、飛行機ファンにとってはこのファントムの退役はそれを以上の事だったと思います。

 話は戻りますが、そのバッグを見ながら誰となく「このマークがダイヤルにあったらかっこいいよね?でもちょっと無理かな」「面白そうなのでちょっとやってみませんか?」とその時は雑談で終わったのですが、後日あらためて伺った時に「試しに入れてみたら8つの部隊マークと時計のインデックスがバランスよくまとまったよ」と見せられたのが、556.F-4の最初のラフデザインでした。

556.f-4

 これまで全ての日本限定モデルに携わってきましたが、最初のデザインを見た時に「これは人気がでる」と思えなかった事をよく覚えてきます。またジンに携わる他の人達に意見を聞きましたが、「これは売れる」と言ってくれた人は数名でした(日頃から時計を見慣れているためか、人気が出ると思ったモデルがそれほどでもなかった事は時々ありますが)。もう一つ危惧したのがこのデザインをドイツが承諾するかと言う事でした。

 その後紆余曲折の中、2021年の日本限定モデルとして企画がスタートしました。ドイツ側に対してはこのモデルはデザインだけではなくそのバックグランドを丁寧に説明して承諾を得ました。これと並行して航空自衛隊の広報部に舞台マークを使用した製品製作の意向を伝えました。企画を進める中でこの思い切ったデザインはジンや飛行機ファンだけではなく、ジンを知らない人達にも受け入れられるのではと思うようにもなりました。このモデルを製作する過程で一番苦労したのはダイヤルに各部隊マークがうまく描かれるかでした。もちろん実際の製作はドイツで行うのですが、使用している色の指定、実際のサイズは日本から指定しています。時計に描かれたマークが大きい方が色を出しやすいですが、時計としてのバランスが悪くなり、ジンのモデルとしての視認性が損なわれるおそれもあります。逆に小さくすると一番の持ち味のその色が出ない可能性もあります。過去の日本限定の中でもドイツとのやり取りが一番多かったモデルでもありました。本来ならドイツに行って顔を突き合わせながら喧々諤々した方が早いのですが、ご承知の様にこの頃は全く海外渡航が出来なくメールやオンラインでのやり取りでした。この様な環境下で進めた限定モデルであった事も印象に残った要因の一つでした。

556.f-4

 ドイツ側の協力の中最終のダイヤルデザインが出来上がりました。またシースルーバックから見えるローターには、ファントムのオフィシャルキャラクター“Spook(スプーク)”を印しました。ある意味〝飛びすぎた〟デザインでこれだけでもそのインパクトはかなりあると予想していましたが、ファントムをモチーフにしたジンのモデルはこれが最初で最後でもあり、忘れられないモデルにしたい気持ちで考えたのが最初に目にしたヘルメットバッグをセットにする事でした。

556.f-4

 当初はこのバッグを販売する予定でしたがそれを止めて556.F-4付属する専用アイテムにしたのです。そして2021年末にその発表を迎えます。その時周りから聞こえてきた印象は「やっちゃったね」「これジンなの?」と言った冷ややかなご意見が多かったように記憶しています。しかし、実際に店頭に並んだ後の反響はこちらの予想を大いに覆す結果でした。

 ジンのコレクター、航空博物館の館長、元ファントムのパイロット、これまで全くジンを知らない若い人や女性等ご購入頂いた方は多岐にわたりました。ほぼ数か月で店頭から無くなり、キャンセル待ちも出たほどです。この時計の何が受けたのかそのその答えは様々だと思いますが、あらためてジンの可能性を導き出したモデルでもあります。プロフェッショナルの高い要求に応えるパイロットウォッチとしての優れた機能性に、随所にファントムのエレメントをちりばめた、わずか100本の限定モデルは日本におけるジンのマイルストーンの一つになったのです。

556.f-4

 もっとお話ししたいこともあるのですが、今回はちょっと長くなりましたのでこの辺で終わりにしたいと思います。最後までありがとうございました。これからも宜しくお願いします。