ジン温故知新第12回
皆さんお元気ですか?いつもジンのメルマガをご愛読いただきましてありがとうございます。2024年最初の温故知新です。今回ご紹介するジンはモデル244です。
「ジン好き」の皆様にはもうお馴染みのモデルですよね。某有名時計雑誌の編集長もお気に入りのモデルです。1994年にジンの経営を引き継いだ現社長のローター・シュミットが最初に手がけたモデルがこの244です。そのアイデアは1992年に思いつき技術的にはIWCのインジュニアを参考にし、デザイン的にはモデル144を参考にして
います。
244は開発当時、時計に関して考えうるすべての対策が施され小型化された最強のウオッチです。その最大の特徴は高いアンチマグネティック構造です。アンチマグネティック構造が腕時計に採用されたのは1960年代からでその当時のエンジニア、パイロットなどの専門職種の人達が使用する特殊な時計として開発、販売されました。
その後、第二の産業革命ともいえるエレクトロニクスの発展により職場はもとより一般家庭にまでエレクトロニクス機器が氾濫するようになっていきます。テレビ、オーディオ、PC、携帯、電子レンジ、照明機器、電車、自動車、さらにはデパートの盗難防止装置に至るまで磁気を発生する装置が氾濫しています。このような環境の中で常に腕につけて行動をともにする腕時計は金属製であるがため、私たちの身体以上に磁気の影響を受けているのです。機械式時計においては毎時28,800回という高速度で振動を繰り返している時計の心臓といえるテンプは外界の磁力線によって自らが一時的または短期間磁化し、その刻時精度が悪化するのです。
244では外界の磁力線を遮断するためにムーブメントを軟鋼のインナーケースに納めました。当時、他のメーカーでもこのような対策を施している時計は発売されていましたが、ジンではインナーケースのほかにダイヤルを通常より厚い0.7mmの軟鋼製のものとし、ダイヤル面からの磁気もシャットアウトするという完璧な対策を施しました。これによってドイツ工業規格DIN8309に準拠し、80,000アンペア/メーターのアンチマグネティック性能を実現することが可能となったのです。
このマグネチック・フィールド・プロテクションという技術は現行モデルの856シリーズやEZM3などに受け継がれています。
80,000アンペア/メーターとう言う数字を聞いてもちょっとピンと来ないかと思いますが、一般的にスピーカーの上に時計を置くとすると磁気の強さは約40,000アンペア/メーターと言われています(あまり気が付かないと思いますが冷蔵庫のドアに使われている磁石が家庭内で最も磁力が強く、60,000アンペア/メーターもあるそうです)。また磁気は距離によって大きく違いますが、もし856.BやEZM3をお持ちでも故意に近付けてテストするのはお勧めしません。あくまでも、通常使用時での磁気の影響を通常の時計をはるかに凌ぐものとしてプロフェッショナル用に開発されたものですから。
そして磁力線と同様に通常使用で精度に影響するのは、外からのショックです。通常、時計には1940年代以降に開発された耐衝撃機構が備えられています。これは様々なシステムが開発、特許申請されていますがジンでは最も信頼性の高いインカブロッグ耐衝撃機構を採用しています。しかしこれだけではプロフェッショナルが使用する条件での激しい衝撃には十分ではありません。そこで244ではアンチマグネティック用のインナーケースをラバー製のダンパー(緩衝材)を使用し、外側ケース内に宙吊り状態にしました。このアイデアは社長のローター・シュミット自身がIWC在籍時代に開発したIWCインジュニア5215ポケットウォッチを参考にしました。
さらに外側のケースとつながっているリュウズの巻芯にはチューブを特殊な構造にすることによって外ケースの振動が巻芯を介してムーブメントに伝わることが無いように設計されました。これによって外からのショックはこの殺衝材で吸収され、内ケースに伝わる衝撃を最小限にすることを可能としました。この構造によって従来の耐衝撃性能をはるかに凌ぐ性能を実現させたのです。
いかがですか?目に見えないところにこの様なこだわりがあります。それもすべて使う事を最優先に考えた結果なのです。
ケースはスイスのケースメーカーと共同開発したチタン製です。このケース作りがこのモデルの製造過程で一番苦労したと後にシュミット社長が話しています。
ダイヤルのデザインはシュミット社長自ら行いました。刻時性能を最大限に考慮したそのデザインは実用時計として完璧です。必要とする情報(時間+日付)が瞬時に認識できます。このデザイン哲学は現行モデルにも脈々と受け継がれています(今回ご紹介した244.Ti.Iのダイヤル違いで244Ti.Fと言うモデルも存在しています)。
ムーブメントは自動巻のETA2892-A2クロノメーターキャリバーです。クロノメーターについては今更ご説明する必要はないですよね?釈迦に説法。ちなみにドイツ工業規格ではクロノメーターの精度を-4秒から+6秒と定めています。
直径は36ミリ、厚さは10.5ミリ。ベルトを含めて重さはなんと80グラムしかありません。今では「小さな時計」と誰もが思うサイズに当時のジンの(ひいてはシュミット社長の)英知の全てを収めた時計なのです。1994年に発表されてから2006年まで約1200本製造されました。今でも復刻の要望の多いモデルの一つです。その質問に対してシュミット社長は「No」とは名言していません。もしかしたら近い将来何か動きがあるかもしれませんね。
今回も最後までありがとうございました。不定期掲載のこのコーナーですが、近いうちに次のモデルをご紹介できる日を私も楽しみにしております。